都会から脱して故郷の富士に戻りたいと思ったのはなぜ?

以前、新幹線の車窓から見えた虹です。広がる街並みにかかる虹。癒しの景色ですね。

ところで、なぜ私は故郷に戻りたくなったのか。理屈なく感情が働いて戻りたくなったことは確かです。そうさせたものが何なのか?

都会にいる自分自身が変わってしまったと思うのは、知らず知らずのうちに、いろんな気持ちを自制するようになったことです。確かに物事を我慢するという点においては成長していくためには、必要なプロセスでした。しかし、我慢が必要以上のものになり、いつのまにやら、自制ばかりすることで、楽をして手抜きして生きる時間が増えていった気がしてならないのです。

自制していくとそれが当たり前になりますが、心には見えない負荷がかかります。何をするにも面倒になり、寝ても疲れがとれなくなっていった。気づいたらだるくなり、体から心に疲労が溜まっていった。そして、ついに仕事をすること自体が嫌になり、休みをすることになりました。

都会にいると、そうなったときには、自分から切り拓かなければ、脱するのは難しくなります。廻りに話ができる別の場の人、例えば仕事のことで悩んでいたら地域の人、のように、なかなか別の場に自分の気持ちを話してスッキリしようという手立てがとれない。自分から外に行くだけのパワーがあればまだしも、そんな力がないとしたら、一人で閉じこもるしかなくなります。ますます孤独感や疲労感はたまりますよね。

大きく変わったのはご近所の方たちとのかかわり。都会では、それがなくても生き抜ける側面があります。ただ、生き抜けなくなってしまい、一体何をしているかわからない方もいる。孤立していて認知されていない人も、今、この瞬間にも多数いる気がしてなりません。ご近所付き合いがあれば、声をかけあって生活の確認はできるんですけどね。

私は地域とのつながりがない中で生きてきて、当初は楽でしたが、歳を重ねていくうちに、何だか暗さを感じるようになりました。地域の方たちとの明るいつながりがなく、職場と家庭、仕事の延長線上にある第三の場。これでは正直人生に彩りがなくなりますね。地域や趣味のつながりがない中での生き方は、人生を過ごすうえで、何か生きがいを感じるようなものがあるんじゃないかと思うようになり始めました。かつての職場で心を傷めて以降、都会の生きづらさを感じています。

改めて自分の事を振り返ってみたら、私には故郷がありました。まだまだ親族が元気で暮らす富士山のふもと。少年の頃に遊んだ仲間たちも故郷で元気にしているようです。富士山がある景色で育ったからこそ今感じられる故郷への思い。単なる思いで終わらせることなく、来年新たなる生きる道を始めると決めたわけだから、今の生きている時間に希望を捨てることなく、富士で生計を立てる計画を突き詰めていきます。

富士は、先日のわかもの会議であったように、未来ある若者たちの熱さの割には、何か見放されそうになっているところのある、課題がたくさんある街です。課題があるからこそ、よりよくするチャンスはいっぱいある。それを掴みにいくために、富士との接点を引き続き増やして行けたらと思います。

ゴールデンウィークに帰省します。富士を見つめるいい機会にしたいですね。

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