言葉の足りなさがコミュニティの人間関係を崩していく

4月。新年度が始まりますね。いよいよ明日は入社式、入学式という方も多いのでは?今日の新宿中央公園には、たくさんのお花見客で賑わってました。平和な風景です。

DSC_0256.jpg楽しそうにしております。皆さん。

こんな楽しい風景がある中で、ぎくしゃくしてしまう風景もあります。

言葉が足りない

先日心の配慮の話を書きました。人の上に立つ人は、厳しい判断をしないといけないけど、そこで心への配慮を欠いてしまうことで、従業員の心が離れていくということを書きました。

心の配慮がないとともに、もう一つは、「言葉が足りない」ということ。物事の最初と最後しか言わない。そういう立場と理解してはいるものの、これも、中小企業規模の組織では、正直致命的になりかねません。結局コミュニケーションが希薄であり、存在しないからこそ、起こってしまう弊害であるわけです。言葉の足りなさで起こる問題で、一体どれだけの人が辞めていく事か。どれだけの人の心が傷つくのか?

組織の中で心の問題がクローズアップされるその要因は、「人間関係」であると言われます。そこからさらに掘り下げていくと、人間関係、とりわけ、上層部と一般社員の言葉の足りなさに起因するところが大きくなってくるわけです。普段からこの言葉の足りなさが大きな問題になっているとすれば、何か大きな意思決定が経営層からなされると、それに対しての説明がなく、「とにかく黙って納得しなさい」という話になるんです。これでは、人の少ない組織やコミュニティでは、人の心の崩壊が起こりうる状況に陥ります。

朝令暮改

経営にはどうしても、すぐに判断して大きく方針転換することは、場合によっては必要になります。特に素早い意思決定で物事を早く決着させるときは、そういう場合も致し方ないです。しかし、いつもこの朝令暮改がなされるとなると、それは話が別。ブレまくっている人が人の上に立っているということに他ならないわけです。それが許されるものなのでしょうか。昨日言ったことが、今日は全然変わってしまう。まだ何かそれにまつわる事情なり、なんなりはあってもいいけど、それすら説明なく、「決まったことだから」と言って一蹴され、「俺の指示が聞けないのか」と挙句の果てには言い、場合によっては怒りでそれをぶつけてくる。これも横行すれば、まさにコミュニティの崩壊の原因になるわけです。

前にも書いたけど、顔の見えるコミュニティや企業の中で活動している場合には、人の心に配慮するアクションは必要になります。言葉が足りないことで、コミュニティ自体の崩壊が足音を立てて近づいてくることになるわけです。経営の立場上、言葉をわざと埋めないと言って、従業員を惑わすこともしかねない。結局は人と人との通い合いの崩壊が悪い方向にコミュニティを導いてしまうんですね・・・

心の配慮のさらに一段踏み込んで、言葉さえない状況。詳細に説明することはなくても、結論だけを言って「いいから聞きなさい」の時代はもう終わりです。少しでもいいので、一言でもいいので、その結果をつなぐ橋渡しの言葉はかけてあげてあげるべきです。ほんと。

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こういうコミュニティがのぞましい。言葉のやり取りが気兼ねなく、です。

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